三島の民話 狗ひん様の伝説

狗ひん様の伝説

志津倉山には天狗がいるという。村人は天狗のことを「狗ひん様」と呼んだそうだ。山の頂上には赤沼、青沼の二つの沼があって、どうもその辺りが狗ひん様の住みかだったようだな。

その近くに黒岩があり、ここで雨乞いすっと必ず雨が降ったもんだ。俺らもやってだどご見だごどある。やっぱし雨降ったぞ。

また猫啼き岩っつうのもあって、世にも恐ろしい「かしゃ猫」が住んでいて、里に出ては墓ほっくら返して死人を食ってしまうんだちゅうごどだ。

ほいがら屏風岩もあって、「父の胎内・母の胎内」っつう洞窟に入っと廃人になるっていうんで、俺は行ったごどねぇ。

まぁ、狗ひん様の話だが、志津倉山ではたまぁに「空木返し」がある。「空木返し」とは大木が倒れる音や、岩の崩れるような音がすっことで、後で行ってみっと、なぁんの跡形も残っていねぇ。この音のすっときは、村人は決して山には入らねぇ。狗ひん様の悪口を言えば、かえって音が高くなるっちゅうそうだ。

ある年、山竹を切りに七人の村人が山に入った。暗くなったんで、ふもとに小屋掛けして泊まったんだど。言うど真夜中に狗ひん様の「空木返し」がおっぱじまったんだど。恐ろしさに皆は黙って顔を見合わせていだが、あんまりの恐怖で頭がおかしくなった野郎が、

「狗ひん様のばがやろー」

って怒鳴ってしまったんだど。言うどますます音はひどくなり、小屋がぐらぐら動きだしたんだど。

そのうち屋根で生臭い気配がしたど思うど、ドスンと大音響とともに毛むくじゃらの大足が屋根をつん抜いて出たんだど。はぁ皆あんまりの恐ろしさに震え上がったが、そのうちの一人が勇気を出して、炉端がら燃えほだ取って、その足ぶんなぐっただど。そしたら大風巻き起こして屋根ごど持ち去ってしまっただど。

朝んなって、皆でそこらじゅう探してみたが、屋根なんかどこにも見あたらなかったそうだ。村人はあまりの恐ろしさに一本の竹も切んねぇで、逃げ帰ったっつうごどだ。

元話 故二瓶義平さん(間方)

文章 五十嵐七重さん(西方)