虚空蔵堂


虚空蔵堂
warajihounou

 大石田地区の東西南北にあるお堂のなかで、南に位置する。集落に入り左手の道を山側に向かって行くと、虚空蔵堂の参道に入る。参道はうっそうとした杉に囲まれ、「祈りの道」と呼ばれている。参道を登り切った両脇に朽ちかけた供養塔、祠数基が見られる。村人の話によるとそれらは皆、地蔵であったとのこと。倒れた石の上に小石がたくさん盛られている。「地蔵様はいくら石を積んでも鬼に崩されちまうから、手伝ってやらねえと可哀想だ」とお参りのたびに小石を上げている。

 堂の扉上と左右に大きなワラジが掲げられている。これは村の丑寅年の人々が作って奉納したもの。虚空蔵は丑寅の守り本尊である。ワラジが奉納されている寺は他にも数多くみられるが、もともと道中の無事を祈願して納められた。それがいつしか家内安全、無病息災など、あらゆる願いをこめて奉納されるようになった。この虚空蔵堂にあるワラジもそうしたいくつもの願いをこめて奉納されたものであろう。※平成21年の丑の年にも大きなワラジが奉納された。

 かつてこの堂は美坂高原へ登る途中、コマギと呼ばれている沢から奥の堂平(ドンデエラ)の上にあり、後に現在の場所に移された。コマギの呼称は、弘法大師が三坂山の大高寺へ登る際、この沢で馬の体を洗ったからと村人は言っている。『大石田の民俗』によると、虚空蔵堂で焚く護摩の木を集めた場所であったため、ゴマギと呼んでいたのがコマギに転じたとある。

 堂のあった堂平は、コマギの沢を渡り、山道に入るとまもなく左側に見える小高い場所を指す。道からはずれ草藪の中を進むと、苔むした石が何段も積み重ねられている。この台地の上にさらに大きな岩があるが、すでに木や草に覆われている。この辺りは最近伐ったような切り株がいくつも見られ、杉木立の中でぽっかりと明るい空間となっている。ゼンマイのたくさん出る場所であり、きのこも採れるので、村人はよくこの山に入る。

 この虚空蔵堂は柳津の虚空蔵の姉様と村人にいわれており、「虚空蔵様が片足を柳津へやった」などと言っている。祭り、正月、小正月、彼岸には必ず参拝し、また特に祈願のある者は願いを幟に墨書して奉納する。病気治癒を願った千羽鶴も多数奉納されている。高尾神社と同様堂内に太鼓があり、参拝の折りに叩く。バチはやはり村人の手によって作られ奉納されたものである。

 堂内には木造の「おびんずるさま」が安置されている。高さ40センチほどの像だが、赤い頭巾、赤や桃色の華やかな着物を幾重にも着て、青に金糸の刺繍をほどこした座布団に座している。その顔は穏やかな笑みをたたえている。着物を何枚も重ねて着る様子を、おびんずるさまみてえだ、と昔から言っている。

 虚空蔵堂が堂平にあった頃、このおびんずるさまを盗んだ者がいたという。しかし途中で像が重く背負いきれなくなり、置いて逃げたと云われている。今も村人の間では、像が軽々と持ち上がる時は願いごとが叶うといい、重く感じる時には願いは聞き届けられないといわれている。

 村人が「おびんずるさま」と呼んでいるこの像には、長い髪が彫られている。びんずるには元来頭髪がないことから、この像はびんずるではなく、高尾神社の祭神であり、秦一族の守り神であった。後に、神社にあった像を虚空蔵堂に移したものであるという説を唱える人もいる。

 本尊の「虚空蔵菩薩立像」は毎年1月7日の七日堂の時だけご開帳される。堂内には木彫の不動明王立像、三人の翁を描いた板絵が置かれている。

<奥会津書房『三島町散歩』より>