三島の民話 猫のミイラ

猫のミイラ

 今から三百三十年前のことでした。四国から来た旅僧が西方の破れ寺に住み着いた。

本堂の破れ屋根から月の光も雨もこぼれた。

旅僧にはいつも大猫が共の様についているので、村人は恐れて托鉢の時は戸を閉じてしまう。ある日、猫は坊さんに語った。目をつぶったまま「二、三日すると庄屋の娘が死ぬよ。葬式の日に俺が棺おけを空に引き上げるから、坊さんがうんとお経をあげると下ろしてやることにするよ。」確かに庄屋の娘が死んで、坊さんは葬式に行った。式の最中オドロオドロの黒雲が天に広がり、風が吹き霧をたたきつけ嵐が荒れ狂った。その黒雲の中から長い手が棺桶を吊り上げた。ここだなと坊さんは水晶の数珠を打ち振り打ち振り、大声でお経を読むと棺桶はスルスルと下りた。たまげた偉い坊さんだと山ほどあがり物をもらい帰って来て猫を呼んだが、何処にもいない。須弥壇のうらの暗いところでうなり声がするので見ると、猫が血だらけになって苦しんでいた。「おお~これは一体どうしたことだ」「いい気になって水晶の数珠でオレをたたくもんだから。オレに水晶は多毒なんだ」

やがて猫は死んで坊さんの腕の中で小さくなった。ミイラになった猫は今も西隆寺に現存する。今でもこの寺では猫を飼っても決して育たない。ミイラの猫が追い出すためだろうと言う。

会津山里民話より  再話者 故遠藤 太禅(西方) 聞き手 五十嵐 七重(西方)

 

※「猫のミイラ」は実在する?

遠藤太禅和尚の娘の由美子さんによれば、猫のミイラは確かにあって、和尚の亡くなられた後に、お寺の裏のイチイの木の脇にねんごろに葬られたそうです。

そこには石の祠が建てられ、お彼岸やお盆と言った節々には今でも供物をお供えしているそうです。